週刊現代が凄い。
前から時々は読んでいた。
新潟の実家に帰ると、親父が買っていた。
駅の中吊り広告を読んで久しぶりに買った。
原発関係の記事が満載。
テレビや新聞では見ることのない内容。
東電とマスコミ、官僚と政治家。
四位一体の人災の様相。
今日、電車で読んだ夕刊フジ。
何故か東電のトップは東大文系、
法学部か政治経済学部に占められていると言う。
これは銀行にも当てはまるそうだ。
ふーーーん。学閥で情報や権益を独占している訳か。
ACのCM批判も心地よかった。
「がんばろう日本」「ひとつになろう日本」
この広告に異を唱えるのは僕だけではなかった。
大本営発表への無批判と非国民の排除。
戦前の日本の犯した行為から
もう一度我々は学ぶべきではないか。
雑誌「ビッグ・イシュー」
「東北への義援金」声高に叫んでも、
近くにいるホームレスの問題には無関心なのはどうか、
そんな提議があった。
週刊現代によれば東電の役員にも
ヨシダさんのように身体を張って
「事故後の原発」で頑張っている人もいるそうだ。
本社とケンカしても現場第一ではたらくヨシダ。
週刊現代はそんな彼にエールを送る。
大丈夫か、ヨシダ。
2011年5月6日金曜日
綺麗なロバ
万華鏡の中に映る
綺麗なロバ
大きな耳と大きな瞳
赤い首輪には白や黄色の薔薇の刺繍
馬の皮の鞍
紫色の一輪車が綱の上を走る
暗い藍色の天幕
眩しいスポットライト
道化師のパウロは
泣きながら笑っている
白と赤のストライプ
だぶだぶの服が波打っている
君の家に着いた
まだ夜は明けていない
君の窓に明かりはない
街灯の明かりをじっと見つめている
綺麗なロバは輪舞を踊る
万華鏡の中
パウロが追いかける
ショーは終わったのに
まだ誰も帰ろうとはしない
拍手せず立ちもせず
皆うな垂れている
帰り道は細く曲がった道
舞台裏の綺麗なロバ
一輪車乗りの少女を見つめる
少女は万華鏡に夢中だ
星の明かりは弱く
月の明かりは強い
綺麗なロバは月の女王に一礼する
百草を食べる綺麗なロバ
階段を昇る月の女王
天蓋のベッドには金色の雨
明日の雨を気にしながら眠る
綺麗なロバ
大きな耳と大きな瞳
赤い首輪には白や黄色の薔薇の刺繍
馬の皮の鞍
紫色の一輪車が綱の上を走る
暗い藍色の天幕
眩しいスポットライト
道化師のパウロは
泣きながら笑っている
白と赤のストライプ
だぶだぶの服が波打っている
君の家に着いた
まだ夜は明けていない
君の窓に明かりはない
街灯の明かりをじっと見つめている
綺麗なロバは輪舞を踊る
万華鏡の中
パウロが追いかける
ショーは終わったのに
まだ誰も帰ろうとはしない
拍手せず立ちもせず
皆うな垂れている
帰り道は細く曲がった道
舞台裏の綺麗なロバ
一輪車乗りの少女を見つめる
少女は万華鏡に夢中だ
星の明かりは弱く
月の明かりは強い
綺麗なロバは月の女王に一礼する
百草を食べる綺麗なロバ
階段を昇る月の女王
天蓋のベッドには金色の雨
明日の雨を気にしながら眠る
2011年5月3日火曜日
grapefruit juice
シュルレアリズム。
超現実主義。
夢や無意識の領域を
自動書記やデペイズマン(配置転換)によって
異なるもの同士を「出会わせる」こと。
理性を否定し日常の奥に潜むものを露わにすること。
19世紀になって、近代主義が支配的になった。
それは「産業革命」とともに欧州に広がった。
理性中心主義となり「迷信」「本能」「超越」と言った事柄は
理性的ではないとされた。
ヒステリーの研究がなされ、
「無意識の世界」や「精神的な抑圧」が問題となった。
シュルレアリズムもそんな背景の中で誕生したのだろう。
たぶん我々は、剥き出しの現実に耐えられない。
現実自体も一つのフィクションに過ぎないのに。
僕らは大抵は決まったパターンで思考し行動する。
感情もほとんどがプログラムに従っている。
「地球が回る音を聴きなさい」とヨーコが言う。
「天国なんてないと思ってごらん」とジョンが応える。
「世界の中に神秘はない。
世界が在ることが神秘だ」ヴィトゲンシュタイン
超現実主義。
夢や無意識の領域を
自動書記やデペイズマン(配置転換)によって
異なるもの同士を「出会わせる」こと。
理性を否定し日常の奥に潜むものを露わにすること。
19世紀になって、近代主義が支配的になった。
それは「産業革命」とともに欧州に広がった。
理性中心主義となり「迷信」「本能」「超越」と言った事柄は
理性的ではないとされた。
ヒステリーの研究がなされ、
「無意識の世界」や「精神的な抑圧」が問題となった。
シュルレアリズムもそんな背景の中で誕生したのだろう。
たぶん我々は、剥き出しの現実に耐えられない。
現実自体も一つのフィクションに過ぎないのに。
僕らは大抵は決まったパターンで思考し行動する。
感情もほとんどがプログラムに従っている。
「地球が回る音を聴きなさい」とヨーコが言う。
「天国なんてないと思ってごらん」とジョンが応える。
「世界の中に神秘はない。
世界が在ることが神秘だ」ヴィトゲンシュタイン
2011年4月29日金曜日
人生山あり谷啓
目が覚めて辺りを見たら、
見知らぬ駅にいた。
西武新宿線の入曽駅だった。
昨夜、新宿のハイアットホテルで宴会があり
なみなみと注がれたバーボンのオンザロックが効いた。
本川越行きに乗り、小平駅で拝島行きへ乗り換えの予定だった。
知らない駅に降りたことで、少し動揺していた。
酔いからは驚いたお陰で、だいぶ醒めていた。
昔から鉄道に乗る夢を度々見た。
実家の隣町が何故か海辺だったり、
崖のような処を走る電車や、
普段の通勤列車が辺境の地を走っている、
そんな電車の夢だ。
入曽駅に降りた僕は、
一瞬、夢を見ているのかと疑ったほどだった。
多少の乗り越しは、年に何度もあるが
今度の乗り越しは、3年前に奥多摩行きで乗り過ごし
御嶽駅の先の川井駅に降りた時以来だった。
川井駅の周囲に人家はない。
代わりにこんな貼り紙があった。
「時々熊がでます。ご注意ください」と。
隣の御嶽駅までが遠い。
一時間近く歩いただろうか。その間人家はなかった。
通り過ぎる車もほとんどなく、タクシーは皆無だった。
漸く、御嶽駅に着きタクシーを呼ぶか思案していた時
目の前をタクシーが通りかかり、慌てて止めた。
たまに行く居酒屋「虎居」。
トイレにこんなポスターが貼ってあった。
「人生山あり谷啓」いかしてる。
ガッチョ~~~~~ン。
見知らぬ駅にいた。
西武新宿線の入曽駅だった。
昨夜、新宿のハイアットホテルで宴会があり
なみなみと注がれたバーボンのオンザロックが効いた。
本川越行きに乗り、小平駅で拝島行きへ乗り換えの予定だった。
知らない駅に降りたことで、少し動揺していた。
酔いからは驚いたお陰で、だいぶ醒めていた。
昔から鉄道に乗る夢を度々見た。
実家の隣町が何故か海辺だったり、
崖のような処を走る電車や、
普段の通勤列車が辺境の地を走っている、
そんな電車の夢だ。
入曽駅に降りた僕は、
一瞬、夢を見ているのかと疑ったほどだった。
多少の乗り越しは、年に何度もあるが
今度の乗り越しは、3年前に奥多摩行きで乗り過ごし
御嶽駅の先の川井駅に降りた時以来だった。
川井駅の周囲に人家はない。
代わりにこんな貼り紙があった。
「時々熊がでます。ご注意ください」と。
隣の御嶽駅までが遠い。
一時間近く歩いただろうか。その間人家はなかった。
通り過ぎる車もほとんどなく、タクシーは皆無だった。
漸く、御嶽駅に着きタクシーを呼ぶか思案していた時
目の前をタクシーが通りかかり、慌てて止めた。
たまに行く居酒屋「虎居」。
トイレにこんなポスターが貼ってあった。
「人生山あり谷啓」いかしてる。
ガッチョ~~~~~ン。
2011年4月24日日曜日
反省する私
元来そそっかしい。
思い込みも激しい。勘違いも、物忘れも甚だしい。
よく考えても間違えることが多い。
でも頑固な処もある。
困ったものだと思うが、周りはもっと困るだろう。
「反省」という言葉は「省みることに反する」ではないよね。
「反して省みる」だとすると、「自分の気持ち、考えに反しても、
省みる」必要があると言うことだろうか。
良く解らない。
所謂「反省」のメカニズム。
一つ目は自分で自分の言動の失敗に気付き、自分を責める。
二つ目は人に自分の言動の失敗を指摘され、自分を責める。
「反省」の正体は、いずれにせよ自分を責めて
「悔やむ」事にあるのではないか。
勿論、改善点を見つけて実行すればいいのだが、
ほとんど出来ない。
失敗した言動には、自分がそうしたかった理由があるからだ。
一時的に酷く悔やんでも、「わかっちゃいるけど止められない」。
昨日も飲み過ぎた。
仕事の後でモツ焼きの百薬へ寄ったのだが、
仲の良いキム兄が歌姫ふーさんの歌が聴きたいと言う。
「よしきた」と誘って、百薬で呑んでスナック京子へ。
スナック京子へ行く前に、
ビールを少しとお酒を4杯呑んでいた。
ちょっと飲み過ぎてるなと思ったが、後の祭。
京子では焼酎の水割りを何杯か・・。
ちゃんと帰れて良かった。
「反省などしない串を数えながら呑む」よしい
思い込みも激しい。勘違いも、物忘れも甚だしい。
よく考えても間違えることが多い。
でも頑固な処もある。
困ったものだと思うが、周りはもっと困るだろう。
「反省」という言葉は「省みることに反する」ではないよね。
「反して省みる」だとすると、「自分の気持ち、考えに反しても、
省みる」必要があると言うことだろうか。
良く解らない。
所謂「反省」のメカニズム。
一つ目は自分で自分の言動の失敗に気付き、自分を責める。
二つ目は人に自分の言動の失敗を指摘され、自分を責める。
「反省」の正体は、いずれにせよ自分を責めて
「悔やむ」事にあるのではないか。
勿論、改善点を見つけて実行すればいいのだが、
ほとんど出来ない。
失敗した言動には、自分がそうしたかった理由があるからだ。
一時的に酷く悔やんでも、「わかっちゃいるけど止められない」。
昨日も飲み過ぎた。
仕事の後でモツ焼きの百薬へ寄ったのだが、
仲の良いキム兄が歌姫ふーさんの歌が聴きたいと言う。
「よしきた」と誘って、百薬で呑んでスナック京子へ。
スナック京子へ行く前に、
ビールを少しとお酒を4杯呑んでいた。
ちょっと飲み過ぎてるなと思ったが、後の祭。
京子では焼酎の水割りを何杯か・・。
ちゃんと帰れて良かった。
「反省などしない串を数えながら呑む」よしい
2011年4月23日土曜日
王様の涙
一人の王がいた。
王は齢(よわい)、五十を越えていたが、
身体はいまだ頑強で、日に10里を歩くことが出来た。
王の后はすでに去り、
宮殿の寝室は一人の身には広すぎた。
寝室だけではなく、宮殿のどの間も
「広すぎる」と感じていた
王は庭いじりを好んだ。
友人のコーリディ公爵がお茶に寄る時は、
王は自ら庭に立ち、宮殿のあちこちを飾る
薔薇の花の摘んだ。
王は料理も好んだ。
ほとんど毎日、自らの朝食を拵えた。
肉や魚も好んだが、年とともに野菜を多く採った。
ライ麦入りのパンにチュダーチーズ。
サラダ菜、人参、ブロッコリーに生ハムのサラダ。
パセリを散らしたオイルサーディン、
オニオンスープが王のお気に入りだった。
職務のない朝は、
一杯か二杯の赤ワインを呑むこともあった。
ボルドーやブルゴーニュの稀少なワインも呑んだが、
タンニンの強い、重い渋めのワインなら、
なんでも美味しいと思っていた。
王にはスーザンという妹が一人、
スコットランド王国のエジンバラにいた。
二人は長い間会ってはいなかったが、
互いを思い、時折手紙を書いた。
月よりの使者が王のもとに訪れた。
使者は月の王が、来月の満月の夜に
彼の地より訪れると告げた。
突然の訪問は礼に反するものだった。
王は冷淡で傲慢な処のある月の王を好まなかった。
けれど、彼自身は月の王に礼を尽くした。
それは弱小国の王のへつらいなどではなく、
王道を歩む彼の矜持であったのだ。
ある夜のこと。
広いバルコニーの椅子に座り、
月明かりに照らされた一面のすみれの花を眺め、
人知れず、王は涙した。
王は齢(よわい)、五十を越えていたが、
身体はいまだ頑強で、日に10里を歩くことが出来た。
王の后はすでに去り、
宮殿の寝室は一人の身には広すぎた。
寝室だけではなく、宮殿のどの間も
「広すぎる」と感じていた
王は庭いじりを好んだ。
友人のコーリディ公爵がお茶に寄る時は、
王は自ら庭に立ち、宮殿のあちこちを飾る
薔薇の花の摘んだ。
王は料理も好んだ。
ほとんど毎日、自らの朝食を拵えた。
肉や魚も好んだが、年とともに野菜を多く採った。
ライ麦入りのパンにチュダーチーズ。
サラダ菜、人参、ブロッコリーに生ハムのサラダ。
パセリを散らしたオイルサーディン、
オニオンスープが王のお気に入りだった。
職務のない朝は、
一杯か二杯の赤ワインを呑むこともあった。
ボルドーやブルゴーニュの稀少なワインも呑んだが、
タンニンの強い、重い渋めのワインなら、
なんでも美味しいと思っていた。
王にはスーザンという妹が一人、
スコットランド王国のエジンバラにいた。
二人は長い間会ってはいなかったが、
互いを思い、時折手紙を書いた。
月よりの使者が王のもとに訪れた。
使者は月の王が、来月の満月の夜に
彼の地より訪れると告げた。
突然の訪問は礼に反するものだった。
王は冷淡で傲慢な処のある月の王を好まなかった。
けれど、彼自身は月の王に礼を尽くした。
それは弱小国の王のへつらいなどではなく、
王道を歩む彼の矜持であったのだ。
ある夜のこと。
広いバルコニーの椅子に座り、
月明かりに照らされた一面のすみれの花を眺め、
人知れず、王は涙した。
2011年4月21日木曜日
春の祭典
春はわさわさする。
春はそわそわする。
そして、春はぼわあーーとする。
でも春は慌ただしく、駆け足で過ぎ去ろうとする。
春の尻尾を捕まえようと
あちこちキョロキョロしている内に
春はあちら側へ向かってしまう。
花粉症が辛い。
今年は当たり年だ。
ウキウキの春がどんよりの春に変わってしまう。
それでも今年の桜は美しかった。
去年より、今までより白く可憐に見えた。
桜が終わって、新緑の季節。
一年中で一番の季節だと思う。
日本の新緑は世界一だと、
何の根拠もなく思ってしまう。
本当は世界一でも世界100位でも構わない。
目の前に現れた、新しい生命の息吹。
まるで奇跡のように思われる。
「緑あれ!」と誰かが叫んで、
一斉に現れたような、そんな気さえする。
「一日の憂いは一日にて足れり」
山頭火の日記にあった。
キリストの言葉らしい。良い言葉だ。
新緑の魔法は長くは続かない。
一週間か10日もすれば、
あの淡く繊細は若葉色は、重く強い緑に変わる。
非日常が日常に変わる。
春の祭典は終わり、初夏を迎える。
それでいいのである。
春はそわそわする。
そして、春はぼわあーーとする。
でも春は慌ただしく、駆け足で過ぎ去ろうとする。
春の尻尾を捕まえようと
あちこちキョロキョロしている内に
春はあちら側へ向かってしまう。
花粉症が辛い。
今年は当たり年だ。
ウキウキの春がどんよりの春に変わってしまう。
それでも今年の桜は美しかった。
去年より、今までより白く可憐に見えた。
桜が終わって、新緑の季節。
一年中で一番の季節だと思う。
日本の新緑は世界一だと、
何の根拠もなく思ってしまう。
本当は世界一でも世界100位でも構わない。
目の前に現れた、新しい生命の息吹。
まるで奇跡のように思われる。
「緑あれ!」と誰かが叫んで、
一斉に現れたような、そんな気さえする。
「一日の憂いは一日にて足れり」
山頭火の日記にあった。
キリストの言葉らしい。良い言葉だ。
新緑の魔法は長くは続かない。
一週間か10日もすれば、
あの淡く繊細は若葉色は、重く強い緑に変わる。
非日常が日常に変わる。
春の祭典は終わり、初夏を迎える。
それでいいのである。
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