2013年10月26日土曜日

キャットカンパニーの世界戦略

幻想会社キャットカンパニー。
絵本「キャットくんとふうしぎなプール」を出版した時に立ち上げた。

往年のロックバンド‘バッドカンパニー’にちょっと似ている?
(ヒット曲All right nowで有名)

昨年3月の個展「キャットくんのあゆみ」から、
世界進出へ向けて活動をしている。
(なんかかっこいいな、オレ・・・・・)

しかし歩みはのろい。のろいが「365歩のマーチ」みたいに
「3歩進んで2歩下がる」ように、前には進んでいる。

カンパニー(Company)には仲間の意味がある。
辞書で調べたら、元々の意味は「パンを一緒に食べる人」だそうだ。
ぼくはずっと一人で、基本的には画家として活動してきた。
キャットくんの個展や絵本出版の頃から、
それまでとは比べものにならないくらい、
多くの人の助けを借りるようになった。
このホームページやブログもそうだ。

個展もどんどん規模が大きくなり、表現媒体も増えた。
応援してくれる人も、少しずつ増えてきた。(ありがたいです)

世界戦略と言っても大したことは出来ない。
個展の時、作品を見に来た知人にこう言われた。
「よしいさんの絵は海外からの方が反響があると思う。
ホームページに英語のキャプションをつけるといいよ」

昔の偉大な芸術家は得てして、「自作について語らず」が主流だった。
抽象画を描いている時の僕も、
「分かる奴だけ分かればいい」と思っていた。
でも僕のライバルのダ・ヴィンチも、長々と自薦状を書いている。
プレゼンが出来ないと、駄目だったわけだ。

元来引っ込み思案で、人前が苦手だ。
(克服する為にバンド活動している?)
まあ、知り合いの多くは僕を陽気なノータリンと誤解しているようだが、
一人こもって絵を描いたり、物作りが好きな人間が、
本質的に明るい訳がない。(漫才やる人も根暗が多いのも分かる)

でも決めた。キャットカンパニーは世界進出を目指す。
ホームページのリニューアルだけでなく、
アニメや絵本など、動画配信もやる予定。
とりあえず今日は絵本「きょうりゅうのプロントくん」の彩色をして、
お酒を飲んで寝ます。
みなさん、今後も宜しくお願いします。

2013年10月20日日曜日

たむらしげる個展 Micro Monde -夢のジオラマ-

何カ月ぶりでのブログ再開です。
パソコン仕事が多かったこと、ホームページリニューアルの原稿書き、
絵本の編集に止めはパソコンの故障。
とてもブログを書ける状況ではありませんでした。(言い訳ですみません)

今後は週1回を目標に書きたいと考えています。
今後もご愛読をお願いします。

先週のこと。
週3日も美術館を梯子しました。

火曜日午後。東京芸大美術館で興福寺「仏頭展」、都美術館で「汎美協会展」
都現代美術館で「吉岡仁徳展」
吉岡仁徳は何万本ものストローを使った作品やプリズムを利用した光の作品、
塩などの結晶を作品を発表している作家。
欧米系の観客が目立って多かった。

金曜日の夜に国立博物館。「洛中洛外図展」
岩佐又兵衛の洛中洛外図が国宝で上杉本と呼ばれている
洛中洛外図よりもずっと迫力があり、驚きだった。
東洋館の「上海美術館展」も宋代から清代までの名品が見られた。
中国の一流作品には、いつも圧倒される。

そして青山Pinpoint Galleryで見た、「たむらしげる個展」
たむらさん本人からのハガキで出かけた。
紀伊国屋の斜め前の地下にあるギャラリー。今回でたぶん2度目だ。

今回のメイン作品は、ノート大の大きさで深さ10cm程度の
箱に立体構成されたジオラマボックス。
たむらさんのお馴染みのキャラクター「ロボットのランスロット」
「フープ博士」「黒猫」などが、薄い金属板に彩色され、
木に見立てた鳥の羽や様々な素材と重層的な世界を作っていた。

会場の机でゆっくりとサインしている紳士がいた。
「たむらさんだ・・・」縁があって年賀状もいただいたりしているが、
本人にお会いするのは初めてだった。
興奮と緊張が治まらない。
たむらさんの新しい絵本「ねじまきバス」を購入して、サインをお願いした。
濃緑の下地に合わせて、銀色のペンで丁寧にイラストとサイン。嬉しかった。

たむらさんの額入り版画作品も購入した。
大好きなランスロットの絵。安かったことにも感激と感謝。
たむらさんがファンを大切にされて、丁寧にサインされてたこと。
小品や絵葉書やミニブックなど購入し易いものも揃えておられたこと。
そして何よりも新しいジオラマの世界を、作者が楽しんでいると感じられたこと。
収穫の多い、鑑賞だった。

ぼくが絵本やアニメ、版画をやっているのも
たむらさんの影響大だと、改めて再認識させられた。おいらも頑張ろう。

*たむらさんのホームページは「たむらしげる スタジオ通信」です
是非ご覧になってください。You Tubeでも動画像など見られます。

2013年5月26日日曜日

ぼくは負け犬

ビートルズのアルバムFOR SALE。
2曲目がI'm a loser ジョンの歌だ。
直訳すると「ぼくは負け犬」
恋に破れた男の歌。

「八重の桜」を見ていたら、
中村獅童演じる勇ましい武士が、
作戦参謀に向かってこう叫ぶ。
「ぬしは腰抜けか~~~!」と。

「腰抜け」「弱虫」「負け犬」「女々しい」
いずれも居丈高な人が、
回りを責める時の常套句だ。
でもそう言う人の多くは厳しい現場や、
ましてや戦地には赴かない。
(中村獅童は武闘派役だけど)

あれが史実とは思わないけど、
「八重の桜」の慶喜公は、
家臣を焚き付けといて尻を捲る、
困った指揮官として描かれている。

村上春樹の小説「ダンス・ダンス・ダンス」に、
羊の格好をした羊男が出てくる。
彼は「戦争に行きたくない」ので隠棲している。
「いつか必ず戦争は始まるよ」と羊男は言う。

国際関係が悪くなると、
とたんに他国や他民族へ攻撃的になってしまう。
でも本当に自分が一兵卒として
戦地に行くことなど、ほとんど誰も想いもしない。

自分が特攻隊員として出撃しなければならない、
そんな夢を見たことがある。
同級生はすでに行ってしまっている。
夢の中で、悲しくて、恐ろしくて泣いてしまった。
本当にそうだったら、
気が狂ってしまうしまうかも知れない。

負け犬、腰抜けと罵られても、
知らんぷりして、生きていく。
そういう人に、ぼくはなりたい。

2013年5月8日水曜日

A HARD DAYS NIGHT

A HARD DAYS NIGHT
言わずと知れた、ビートルズの名曲。
そして同題のアルバム。(映画もよい)

ビートルズ最高のアルバムとして
よくサージェント・ペッパーが挙げられる。
米国ビルボード誌の歴代最高のアルバムランキングで、
第1位に選ばれたからだ。

まあ悪くはない。
そもそもビートルズのオリジナルアルバムは、
悪くないどころか、どれも凄くいい。
ビートルズのほとんどのアルバムを
聞いているファンにとって、
どれがベストかは難しい。

それでも敢えて言おう。
アルバム A HARD DAYS NIGHTが一番だと。
これほど完成度が高く、
ビートルズの魅力に溢れたアルバムはないと。
しかも全曲で30分ちょっと。
信じられない。

しかしながら、
ぼくの一番好きなアルバムはホワイトアルバムだ。
あのまとまりや一体感のない、バラバラな音楽。
ヘンテコな曲が多いアルバム。
しかしどうしても、このアルバムが好きだ。

次に好きなアルバムが、LET IT BE。
これも完成度の高いABBEY ROADに比べて
旗色が悪く、出来損ないみたいだと悪口を叩かれる。
小六で初めて聞いたビートルズだから、
致し方ない。

A HARD DAYS NIGHTは昔から好きだった。
けれど年を取ってライブセッションに夢中になって、
このアルバムの素晴らしさに気付かされた。

予定は無いが、次のライブでは
アルバム全曲を演奏してみたい。
それがヘボロッカー、よしい・レノンの
ささやかな望みである。

2013年5月7日火曜日

十字路の悪魔(クロスロード)

クロスロード。
言わずと知れた、
ロックの元祖、ロバート・ジョンソンが
悪魔に魂を売り渡した場所だ。

しかしこれは伝説である。
悪魔は何処に居るのか?
たぶん、私たち一人一人の心の中に。
悪魔は決して、私たちの外には居ないのだ。

問題は十字路でも、悪魔でもない。
ロックンロールが、人の魂を揺さぶることだ。
ロックはROCK。即ち人を揺さぶる音楽のことだ。

ぼくは何時、自分の中の悪魔に、
自分の魂を売り払ってしまったのだろうかと?
日本酒やビール、赤いワインを飲みながら、
ロックンロールを聴きながら、
悪魔と取引したのだろうか。
酔った後の記憶は、ほぼ九割方ない。
だから、悪魔との取引の記憶はない。

ぼくは絵描きだから、
ライブはしても、音楽の取引はしないし、あり得ない。
美術に関しても、取引の予定は無い。

けれども、時々こう考える。
ぼくと悪魔の取引は終了しているのだと。
ぼくの作品が、世界に認められた時、
そのような悪魔がぼくの前に姿を見せる。

ぼくは悪魔に告げるだろう。
この十字路では、おまえの技は通用しない。
お前の力は、ロバート・ジョンソンへ
ロックの魂を伝えた時に
既に失われてしまったのだと。

それでも悪魔はこんな風に言うのだ。
「お前がお前の欲望と折り合いがつかなければ、
オレはお前の魂を手に入れる。
それは、いつでも供給されるのだ」

悪魔はいつまでも、
十字路に立っている。

2013年5月6日月曜日

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

ベストセラーになった村上春樹の書き下ろし小説。
「色彩を持たない多崎つくると、
彼の巡礼の年」を見て驚いた。

小説のタイトルとか内容とかではない。
表紙の絵が、米国のカラーフィールドペインティングの画家
モーリス・ルイスの作品だったからだ。

ぼくは学生の頃から、ルイスに憧れていて、
彼の分厚いカタログも持っていた。
カラーフィールドペインティング。
直訳すると「色彩の場の絵画」
大きく明快な色面を絵画の主題としている。
小説の絵画は、ルイスの晩年の
通称ストライプシリーズと言われている。

村上春樹の短編集「神の子どもたちはみな踊る」
その表紙には日本のシュールレアリスト
北脇昇の作品「空港」である。

日米のどちらかと言うと
やや地味な画家の作品の選択には感心した。
(ついでに言うと「1Q84」の文庫版の表紙。
奇想の画家ヒロイムス・ボスの代表作
「快楽の園」が使われていた)

ぼくは昔からの春樹ファンを自認している。
読んでないのは「アンダーグランド」くらいで
好きな作品は繰り返し読んでいる。
(一番好きなのは「羊をめぐる冒険」だ)

毎年、ノーベル賞選考の時期になると、
村上春樹が受賞するか話題になる。
ぼくは大好きな作家だから敢えて言う。
彼はノーベル賞を獲るような作家ではない。
獲る必要もないと思う。

春樹は好きな作家の一人に
米国の小説家、ジョン・アーヴィングを挙げている。
ぼくも好きで何冊か読んでいる。
彼はリアリスティックな文体で
大人のためのお伽噺を綴る。
翻訳で読んでもアーヴィングの方が、
村上春樹よりノーベル文学賞に相応しいと思う。

芥川賞を獲った作家はあまたいる。
まあ獲ることは大変なことだし、名誉なことだと思う。
けれど獲りたくて獲れなかった太宰治の経歴に、
芥川賞のキャリアは必要ない。

ノーベル文学賞は芥川賞とは比べものにならない。
もし獲ったら日本中の春樹ファンが、
ファンじゃない人も喜ぶだろう。

エンタテインメントでも純文学でもない。
そこが村上文学を魅力ではないだろうか。
だから村上春樹にとって、
そもそも賞は必要がないように思うのだ。

2013年4月28日日曜日

UFO現る

13年前の夏の夜、
赤城高原スキー場のゲレンデで、
UFOを目撃したことがある。

星の綺麗な空だったと思う。
夜空に星よりもずっと大きな光が現れた。
人工衛星か飛行機かなと思ったら、
瞬間的に光は消え、離れた処に現れた。
光は直角に曲がるような不思議な動きを見せ、
数秒してから、消えた。

その時ぼくは素面で、
回りには数人の知り合いが、同じ現象を目撃している。
あの飛行体は何だったのか、
未だに解らないし、これからも解らないだろう。

ただそれが宇宙船だとか、
宇宙人に遭遇したのだというような思いは、
当時も今も持っていない。
ただ未確認飛行物体を目撃したという、
それだけのことだ。

3年前に1年の計として、絵日記を書いた。
昨年は日課として、色んなものを毎日素描した。
物を素直にスケッチするという、
画学生のような初心に戻ろうと考えたからだ。

今年のテーマは「山水画」
引越して、ベランダからの眺望が良いことと、
物では無く、空間や精神世界を描こうと思った。
実際の風景や心象風景がほとんどだが、
四月に入って、風景に空飛ぶ円盤を描いている。
有名なアダムスキー型というやつである。

ぼくは宇宙船や宇宙人が存在するとか
しないとかにあまり関心はない。
心理学者のユングはUFOの発見に、
現代人の心の現れを見ているが、
神話なき時代の神話として、
UFOが存在していると考えたのだろうか。

ぼくの空飛ぶ円盤の絵も
単なる象徴として描いているだけだと思う。
でも、これがぼくにとっての、
新しい絵画シリーズの始まりになりそうな、
そんな予感がしている。