柄谷行人の本、「哲学の起源」を読んだ。
中心テーマは古代イオニア哲学。
商業経済を中心にしながら、貧富が少ないイオニアの地。
そこでは人格神ではなく「フィシス(自然)」が信仰されたという。
そしてソクラテスを含む、ソクラテス以前の哲学者に光を当てる。
イオニア哲学の思想的に大きな特徴は、
生命や宇宙は「動いた状態」だと説明したこと。
物事、物質を「静止したもの」と捉えるか。
「動いているもの」と捉えるか。
また事物の背後に「イディア」(プラトン)
「形而上学」(アリストテレス)を想定するか、
それらを退け「自然・物質・宇宙」そのものから出発するか。
この2つがイオニア的なものと、非イオニア的なものとの
分岐点になるらしい。
だから最初の「原子論」も「地動説」も
「進化論」さえ、古代イオニア哲学で生れていたとある。
アテネなど(非イオニア的)ポリス国家の直接民主主義は、
実は奴隷制の元で成立していた。
古代ローマ同様、古代ギリシャ市民の多くは農園主だった。
ずっと農園労働に従事していては、
民会と呼ばれる会議への参加が出来ない。
また古代ギリシャ軍の中心の重装歩兵は
市民によって構成されていた。
これも、農業労働の制約があると、
肝心な時に兵役に参加できなくなってしまうからだ。
だから、彼らには「奴隷制」も「植民地制」も
たぶん、当然のことで問題はなかったと考えたのだろう。
今の民主主義のシステムも基本的には、
古代ギリシャと似ていると思った。
その欠点は「多数支配」となってしまうこと。
ナチス政権だって、不正行動があったにせよ、
ドイツ議会で多数派になった訳である。
「多数」=「正しさ」には決してならないのだ。
古代イオニア哲学はイスラム・アラブの地で生き続ける。
イスラムはかつて、異教徒にも異文化にも寛大だった。
コペルニクス、ガリレオ以降の近世科学の発展や、
ダーウィンの進化論やマルクスの「交換論・経済論」、
現代の「原子論・量子論」も始まりはイオニア哲学だったようだ。
もう一度、「イオニア哲学」を問い直すこと。
柄谷行人はそう説く。
2013年12月7日土曜日
ビートルズ研究会
「よしいさん。
ビートルズセッションに参加しない?」
新所沢のスタジオネイブ。
そこのポップスセッションに参加した
8年以上前のことだったと思う。
今は無き駅前の居酒屋「つぼ八」
打ち上げの座敷で、目の前にいたギタリスト(実はジャズピアニスト)
高木さんにそう声をかけられた。
「ビートルズ研究会、略してB研では、
リクエスト曲の他、毎月アルバム特集をやっています」
「はあ?」
「アルバム特集では全曲を演奏します。
来月は初めてのアビイロードで、分担しないと大変なんです」
「ほおっ。面白そうですね」
ビートルズで最もセールスを上げたアルバム「アビイロード」
解散直前の彼らが、最後の力を振り絞って完成させた名盤である。
演奏では後半のメドレーが難関だが、
コーラスではジョンの「ビコーズ」が大きな山場だ。
彼ら自身がライブ演奏したことがない。
土曜日の午後2時少し前。
ハウスの高木さんと、受付でオーナーのナベさんしかいない。
『変だな・・・・。集まりが遅いのかな。。』
ポップスセッションは盛況で、参加者30人はゆうに超え、
会場はぎっしりだった。
同じくハウスのオイリーさんが来た。とりあえずセッションを開始。
借り物のギターで弾いて歌ったのは、Stand By Me。
ジョンのカヴァー曲。観客はゼロ。
それどころかドラマーがいない。渋々ナベさんが叩く。
常連のポールさん、高安さん、大森さん、川合さんが来る。みな初対面。
それでもドラマーは来ない。
「アルバム特集のドラムは僕が叩きます」とオイリーさん。
1曲目Come Together からアルバム曲順通りに進行する。
自分もボーカルとコーラスで参加するが、芳しくない。
というより、どの曲も、ほぼ散々な出来だった。
「来月、ドラマーのドラさんが来るので、
もう一度『アビイロード』をやります」と高木さん。
あれから8年。
アビイロードの難曲もしっかりとこなせるようになった。
今は30名を超える参加者の日もある。
先月、ビートルズ研究会は第100回を記念した。
思った以上に感動した。
スタジオネイブに来て、セッションに参加していること。
そこで素晴らしい仲間に出会えたこと。
ますます、ビートルズの音楽と演奏にのめり込んでいく。
そんな世界に生れてこられたことを、
感謝している自分がいる。
ビートルズセッションに参加しない?」
新所沢のスタジオネイブ。
そこのポップスセッションに参加した
8年以上前のことだったと思う。
今は無き駅前の居酒屋「つぼ八」
打ち上げの座敷で、目の前にいたギタリスト(実はジャズピアニスト)
高木さんにそう声をかけられた。
「ビートルズ研究会、略してB研では、
リクエスト曲の他、毎月アルバム特集をやっています」
「はあ?」
「アルバム特集では全曲を演奏します。
来月は初めてのアビイロードで、分担しないと大変なんです」
「ほおっ。面白そうですね」
ビートルズで最もセールスを上げたアルバム「アビイロード」
解散直前の彼らが、最後の力を振り絞って完成させた名盤である。
演奏では後半のメドレーが難関だが、
コーラスではジョンの「ビコーズ」が大きな山場だ。
彼ら自身がライブ演奏したことがない。
土曜日の午後2時少し前。
ハウスの高木さんと、受付でオーナーのナベさんしかいない。
『変だな・・・・。集まりが遅いのかな。。』
ポップスセッションは盛況で、参加者30人はゆうに超え、
会場はぎっしりだった。
同じくハウスのオイリーさんが来た。とりあえずセッションを開始。
借り物のギターで弾いて歌ったのは、Stand By Me。
ジョンのカヴァー曲。観客はゼロ。
それどころかドラマーがいない。渋々ナベさんが叩く。
常連のポールさん、高安さん、大森さん、川合さんが来る。みな初対面。
それでもドラマーは来ない。
「アルバム特集のドラムは僕が叩きます」とオイリーさん。
1曲目Come Together からアルバム曲順通りに進行する。
自分もボーカルとコーラスで参加するが、芳しくない。
というより、どの曲も、ほぼ散々な出来だった。
「来月、ドラマーのドラさんが来るので、
もう一度『アビイロード』をやります」と高木さん。
あれから8年。
アビイロードの難曲もしっかりとこなせるようになった。
今は30名を超える参加者の日もある。
先月、ビートルズ研究会は第100回を記念した。
思った以上に感動した。
スタジオネイブに来て、セッションに参加していること。
そこで素晴らしい仲間に出会えたこと。
ますます、ビートルズの音楽と演奏にのめり込んでいく。
そんな世界に生れてこられたことを、
感謝している自分がいる。
2013年11月25日月曜日
永劫回帰
生まれ変わりを僕は信じない。
でも、生まれ変わりがあってもぼくは構わない。
生まれ変わったぼくは、
今ここにいるぼくと、全く同じではないと、
そう思っているからだ。
ブッダは「死後の世界」や「輪廻転生」ついて
決して語ることはなかったと、本で読んだ。
あらゆる意味で、徹底したリアリストだったブッダが、
「断定出来ない世界」を説くわけがないなと思った。
だから極楽も地獄も、ブッダには関係ない。
ソクラテスや孔子も、
不確かなことについては語らずだったらしい。
ニーチェの永劫回帰説。
単なる輪廻転生を説いたわけがない。
「100万回生まれ変わって、まったく同一の人生を送ることに、
君は耐えうるか」そうニーチェは問うているらしい。
100万回同じ人生を送ることと、
ただ一回の人生を送ること。
この間に差はないと思う。
だからぼくが生まれ変わりを信じないことと、
100万回の同じ人生を送る覚悟を持つことは
ほとんど同じことなのだ。
実のところ、良くはわからない。
分からないことを受け入れること。
今日、1枚の絵を描いたこと。
他にやりたいことを、少しでもやれたかどうか。
それがぼくの100万回目の人生の秋の一日なのだ。
もしくはあらゆる意味において、
たった一度しかない、ぼくの人生の一日なのだ。
でも、生まれ変わりがあってもぼくは構わない。
生まれ変わったぼくは、
今ここにいるぼくと、全く同じではないと、
そう思っているからだ。
ブッダは「死後の世界」や「輪廻転生」ついて
決して語ることはなかったと、本で読んだ。
あらゆる意味で、徹底したリアリストだったブッダが、
「断定出来ない世界」を説くわけがないなと思った。
だから極楽も地獄も、ブッダには関係ない。
ソクラテスや孔子も、
不確かなことについては語らずだったらしい。
ニーチェの永劫回帰説。
単なる輪廻転生を説いたわけがない。
「100万回生まれ変わって、まったく同一の人生を送ることに、
君は耐えうるか」そうニーチェは問うているらしい。
100万回同じ人生を送ることと、
ただ一回の人生を送ること。
この間に差はないと思う。
だからぼくが生まれ変わりを信じないことと、
100万回の同じ人生を送る覚悟を持つことは
ほとんど同じことなのだ。
実のところ、良くはわからない。
分からないことを受け入れること。
今日、1枚の絵を描いたこと。
他にやりたいことを、少しでもやれたかどうか。
それがぼくの100万回目の人生の秋の一日なのだ。
もしくはあらゆる意味において、
たった一度しかない、ぼくの人生の一日なのだ。
2013年11月10日日曜日
酒場放浪記
吉田類の「酒場放浪記」
昔は実家に帰ると、父と見ていた。
引っ越して衛星放送が見られるようになり、
今は自宅で再放送をよく見ている。
昭和な感じの、一軒居酒屋がいい。
大勢の時は、チェーン店にも行くが、
元来、独り呑みが好きだ。
かれこれ20年近く前、
モツ焼き「百薬の長」を乗り換え駅で発見し、
以後ずっと通い続けている。
先日、見知らぬ青年が、知り合いからこの店を聞いて、
「北千住から来ました」と言う。
常連一同が驚いて、お酒を奢った。
東京に来て、最初に好きになった居酒屋は
豊島園の駅からちょっと歩いた処に在った。
店の名前は忘れた。たぶんもう無いだろう。
ちょっと甘い味噌味にたっぷりした豆腐の入った、
モツの煮込みが安くて美味しかった。
福生にあった名店「より道」
こわい顔のマスターと優しい顔のママさん。
鰯の刺身、レバ刺し(もう食べられなくなりましたね。残念!)
馬刺し、関サバを生れて初めて食べた店。
レモンサワーがメチャクチャ美味しいと思った。
浅利の酒蒸し、煮込みも絶品。しかも安い。
タラの白子、ホタルイカの刺身、アン肝もあった。
メニューには無いが、ママさんに頼むと
インスタントラーメン明星メン吉くんを作ってくれた。
10年程前に惜しまれつつ、閉店してしまった。
小・中学の同級生直登くんから教えてもらった、
長岡駅前の居酒屋「酒小屋」
メニューはモツの煮込みと日本酒、ビールのみ。
帰省する度に、寄っている。
大きな鉄鍋に、柔らかく煮た牛のモツ、玉葱、コンニャク、豆腐のみ。
夏は冷房はおろか、扇風機も回っていない。
団扇や扇子で扇ぎながら、熱いモツ煮を食べ、酒を飲む。
午後4時開店で、モツ煮が無くなると閉店。
「百薬の長」同様、マスターが一人で店をやっている。
田無の「だるまさん」、花小金井の「虎居」、一橋学園の「蔵」もいい。
池袋駅前の「ふくろ」、吉祥寺「いせや公園店」、
上野駅ガード下の「大統領」も何度も行った。
良い雰囲気の居酒屋で独り呑み。
ぼんやりしたり、呑み屋で知り合った人や、
見知らぬ人との会話も楽しい。
昔は実家に帰ると、父と見ていた。
引っ越して衛星放送が見られるようになり、
今は自宅で再放送をよく見ている。
昭和な感じの、一軒居酒屋がいい。
大勢の時は、チェーン店にも行くが、
元来、独り呑みが好きだ。
かれこれ20年近く前、
モツ焼き「百薬の長」を乗り換え駅で発見し、
以後ずっと通い続けている。
先日、見知らぬ青年が、知り合いからこの店を聞いて、
「北千住から来ました」と言う。
常連一同が驚いて、お酒を奢った。
東京に来て、最初に好きになった居酒屋は
豊島園の駅からちょっと歩いた処に在った。
店の名前は忘れた。たぶんもう無いだろう。
ちょっと甘い味噌味にたっぷりした豆腐の入った、
モツの煮込みが安くて美味しかった。
福生にあった名店「より道」
こわい顔のマスターと優しい顔のママさん。
鰯の刺身、レバ刺し(もう食べられなくなりましたね。残念!)
馬刺し、関サバを生れて初めて食べた店。
レモンサワーがメチャクチャ美味しいと思った。
浅利の酒蒸し、煮込みも絶品。しかも安い。
タラの白子、ホタルイカの刺身、アン肝もあった。
メニューには無いが、ママさんに頼むと
インスタントラーメン明星メン吉くんを作ってくれた。
10年程前に惜しまれつつ、閉店してしまった。
小・中学の同級生直登くんから教えてもらった、
長岡駅前の居酒屋「酒小屋」
メニューはモツの煮込みと日本酒、ビールのみ。
帰省する度に、寄っている。
大きな鉄鍋に、柔らかく煮た牛のモツ、玉葱、コンニャク、豆腐のみ。
夏は冷房はおろか、扇風機も回っていない。
団扇や扇子で扇ぎながら、熱いモツ煮を食べ、酒を飲む。
午後4時開店で、モツ煮が無くなると閉店。
「百薬の長」同様、マスターが一人で店をやっている。
田無の「だるまさん」、花小金井の「虎居」、一橋学園の「蔵」もいい。
池袋駅前の「ふくろ」、吉祥寺「いせや公園店」、
上野駅ガード下の「大統領」も何度も行った。
良い雰囲気の居酒屋で独り呑み。
ぼんやりしたり、呑み屋で知り合った人や、
見知らぬ人との会話も楽しい。
2013年11月3日日曜日
おいしい日本酒
日本酒が好きだ。
それもぬる燗。真夏でもぬる燗がおいしい。
新潟生まれだから、新潟の日本酒はイチオシだ。
以前はずっと村上の銘酒「〆張鶴」を飲んでいた。
「吉乃川」も美味い。それから「大洋盛」
名前は知っていたが、飲んでなかった。
山中湖へ所用で出掛けた時に、知人が持ってきた。
あまりのおいしさに驚いた。
ブームになった「八海山」や、全国人気だった「越の寒梅」
「雪中梅」もよかった。「峰の白梅」は飲んだことがない。
この三つで「三梅」と呼ばれていた。
最近では「景虎」もいい。「緑川」も美味。
青梅にある定食屋(居酒屋ではない)で
山形の銘酒「十四代」を飲んだ時は驚いた。
そこでは石川の「天狗舞」、高知の「酔鯨」、広島の「酔心」
他「浦霞」など全国の地酒を堪能した。
しかし日本酒の未来は暗い。
毎年お盆にある新潟の同級会。
30名を超える参加者でも、日本酒を飲むのは5名程度。
夏ということもあるが、新潟だよ、そこは。
ぼくなりに日本酒が何故伸び悩むのか、考えてみた。
一つははアルコール度数が高いこと。
日本酒はアルコール15度前後。
ワインが12度前後、ビールは5度前後だ。
焼酎ブームは酎ハイ、ウーロン杯など、
割って飲めることが、いまだに支持されている。
低迷を極めたウイスキーもハイボールのお蔭で復活した。
いずれもアルコール9%以下が主流で、5%以下もありだ。
ポイントは何かで割れること。
自分好みの味になり、アルコール度数も調整可能。
日本酒の復活には、水割りや炭酸割りと合うような酒の提供と、
イメージ戦略が必要なのだと思う。
そうでないと、女性やアルコール度数が低いお酒を好む人に
支持され、裾野を広げることは難しい。
ぼく自身はぬる燗が良いけれど・・・。
それもぬる燗。真夏でもぬる燗がおいしい。
新潟生まれだから、新潟の日本酒はイチオシだ。
以前はずっと村上の銘酒「〆張鶴」を飲んでいた。
「吉乃川」も美味い。それから「大洋盛」
名前は知っていたが、飲んでなかった。
山中湖へ所用で出掛けた時に、知人が持ってきた。
あまりのおいしさに驚いた。
ブームになった「八海山」や、全国人気だった「越の寒梅」
「雪中梅」もよかった。「峰の白梅」は飲んだことがない。
この三つで「三梅」と呼ばれていた。
最近では「景虎」もいい。「緑川」も美味。
青梅にある定食屋(居酒屋ではない)で
山形の銘酒「十四代」を飲んだ時は驚いた。
そこでは石川の「天狗舞」、高知の「酔鯨」、広島の「酔心」
他「浦霞」など全国の地酒を堪能した。
しかし日本酒の未来は暗い。
毎年お盆にある新潟の同級会。
30名を超える参加者でも、日本酒を飲むのは5名程度。
夏ということもあるが、新潟だよ、そこは。
ぼくなりに日本酒が何故伸び悩むのか、考えてみた。
一つははアルコール度数が高いこと。
日本酒はアルコール15度前後。
ワインが12度前後、ビールは5度前後だ。
焼酎ブームは酎ハイ、ウーロン杯など、
割って飲めることが、いまだに支持されている。
低迷を極めたウイスキーもハイボールのお蔭で復活した。
いずれもアルコール9%以下が主流で、5%以下もありだ。
ポイントは何かで割れること。
自分好みの味になり、アルコール度数も調整可能。
日本酒の復活には、水割りや炭酸割りと合うような酒の提供と、
イメージ戦略が必要なのだと思う。
そうでないと、女性やアルコール度数が低いお酒を好む人に
支持され、裾野を広げることは難しい。
ぼく自身はぬる燗が良いけれど・・・。
2013年10月26日土曜日
キャットカンパニーの世界戦略
幻想会社キャットカンパニー。
絵本「キャットくんとふうしぎなプール」を出版した時に立ち上げた。
往年のロックバンド‘バッドカンパニー’にちょっと似ている?
(ヒット曲All right nowで有名)
昨年3月の個展「キャットくんのあゆみ」から、
世界進出へ向けて活動をしている。
(なんかかっこいいな、オレ・・・・・)
しかし歩みはのろい。のろいが「365歩のマーチ」みたいに
「3歩進んで2歩下がる」ように、前には進んでいる。
カンパニー(Company)には仲間の意味がある。
辞書で調べたら、元々の意味は「パンを一緒に食べる人」だそうだ。
ぼくはずっと一人で、基本的には画家として活動してきた。
キャットくんの個展や絵本出版の頃から、
それまでとは比べものにならないくらい、
多くの人の助けを借りるようになった。
このホームページやブログもそうだ。
個展もどんどん規模が大きくなり、表現媒体も増えた。
応援してくれる人も、少しずつ増えてきた。(ありがたいです)
世界戦略と言っても大したことは出来ない。
個展の時、作品を見に来た知人にこう言われた。
「よしいさんの絵は海外からの方が反響があると思う。
ホームページに英語のキャプションをつけるといいよ」
昔の偉大な芸術家は得てして、「自作について語らず」が主流だった。
抽象画を描いている時の僕も、
「分かる奴だけ分かればいい」と思っていた。
でも僕のライバルのダ・ヴィンチも、長々と自薦状を書いている。
プレゼンが出来ないと、駄目だったわけだ。
元来引っ込み思案で、人前が苦手だ。
(克服する為にバンド活動している?)
まあ、知り合いの多くは僕を陽気なノータリンと誤解しているようだが、
一人こもって絵を描いたり、物作りが好きな人間が、
本質的に明るい訳がない。(漫才やる人も根暗が多いのも分かる)
でも決めた。キャットカンパニーは世界進出を目指す。
ホームページのリニューアルだけでなく、
アニメや絵本など、動画配信もやる予定。
とりあえず今日は絵本「きょうりゅうのプロントくん」の彩色をして、
お酒を飲んで寝ます。
みなさん、今後も宜しくお願いします。
絵本「キャットくんとふうしぎなプール」を出版した時に立ち上げた。
往年のロックバンド‘バッドカンパニー’にちょっと似ている?
(ヒット曲All right nowで有名)
昨年3月の個展「キャットくんのあゆみ」から、
世界進出へ向けて活動をしている。
(なんかかっこいいな、オレ・・・・・)
しかし歩みはのろい。のろいが「365歩のマーチ」みたいに
「3歩進んで2歩下がる」ように、前には進んでいる。
カンパニー(Company)には仲間の意味がある。
辞書で調べたら、元々の意味は「パンを一緒に食べる人」だそうだ。
ぼくはずっと一人で、基本的には画家として活動してきた。
キャットくんの個展や絵本出版の頃から、
それまでとは比べものにならないくらい、
多くの人の助けを借りるようになった。
このホームページやブログもそうだ。
個展もどんどん規模が大きくなり、表現媒体も増えた。
応援してくれる人も、少しずつ増えてきた。(ありがたいです)
世界戦略と言っても大したことは出来ない。
個展の時、作品を見に来た知人にこう言われた。
「よしいさんの絵は海外からの方が反響があると思う。
ホームページに英語のキャプションをつけるといいよ」
昔の偉大な芸術家は得てして、「自作について語らず」が主流だった。
抽象画を描いている時の僕も、
「分かる奴だけ分かればいい」と思っていた。
でも僕のライバルのダ・ヴィンチも、長々と自薦状を書いている。
プレゼンが出来ないと、駄目だったわけだ。
元来引っ込み思案で、人前が苦手だ。
(克服する為にバンド活動している?)
まあ、知り合いの多くは僕を陽気なノータリンと誤解しているようだが、
一人こもって絵を描いたり、物作りが好きな人間が、
本質的に明るい訳がない。(漫才やる人も根暗が多いのも分かる)
でも決めた。キャットカンパニーは世界進出を目指す。
ホームページのリニューアルだけでなく、
アニメや絵本など、動画配信もやる予定。
とりあえず今日は絵本「きょうりゅうのプロントくん」の彩色をして、
お酒を飲んで寝ます。
みなさん、今後も宜しくお願いします。
2013年10月20日日曜日
たむらしげる個展 Micro Monde -夢のジオラマ-
何カ月ぶりでのブログ再開です。
パソコン仕事が多かったこと、ホームページリニューアルの原稿書き、
絵本の編集に止めはパソコンの故障。
とてもブログを書ける状況ではありませんでした。(言い訳ですみません)
今後は週1回を目標に書きたいと考えています。
今後もご愛読をお願いします。
先週のこと。
週3日も美術館を梯子しました。
火曜日午後。東京芸大美術館で興福寺「仏頭展」、都美術館で「汎美協会展」
都現代美術館で「吉岡仁徳展」
吉岡仁徳は何万本ものストローを使った作品やプリズムを利用した光の作品、
塩などの結晶を作品を発表している作家。
欧米系の観客が目立って多かった。
金曜日の夜に国立博物館。「洛中洛外図展」
岩佐又兵衛の洛中洛外図が国宝で上杉本と呼ばれている
洛中洛外図よりもずっと迫力があり、驚きだった。
東洋館の「上海美術館展」も宋代から清代までの名品が見られた。
中国の一流作品には、いつも圧倒される。
そして青山Pinpoint Galleryで見た、「たむらしげる個展」
たむらさん本人からのハガキで出かけた。
紀伊国屋の斜め前の地下にあるギャラリー。今回でたぶん2度目だ。
今回のメイン作品は、ノート大の大きさで深さ10cm程度の
箱に立体構成されたジオラマボックス。
たむらさんのお馴染みのキャラクター「ロボットのランスロット」
「フープ博士」「黒猫」などが、薄い金属板に彩色され、
木に見立てた鳥の羽や様々な素材と重層的な世界を作っていた。
会場の机でゆっくりとサインしている紳士がいた。
「たむらさんだ・・・」縁があって年賀状もいただいたりしているが、
本人にお会いするのは初めてだった。
興奮と緊張が治まらない。
たむらさんの新しい絵本「ねじまきバス」を購入して、サインをお願いした。
濃緑の下地に合わせて、銀色のペンで丁寧にイラストとサイン。嬉しかった。
たむらさんの額入り版画作品も購入した。
大好きなランスロットの絵。安かったことにも感激と感謝。
たむらさんがファンを大切にされて、丁寧にサインされてたこと。
小品や絵葉書やミニブックなど購入し易いものも揃えておられたこと。
そして何よりも新しいジオラマの世界を、作者が楽しんでいると感じられたこと。
収穫の多い、鑑賞だった。
ぼくが絵本やアニメ、版画をやっているのも
たむらさんの影響大だと、改めて再認識させられた。おいらも頑張ろう。
*たむらさんのホームページは「たむらしげる スタジオ通信」です
是非ご覧になってください。You Tubeでも動画像など見られます。
パソコン仕事が多かったこと、ホームページリニューアルの原稿書き、
絵本の編集に止めはパソコンの故障。
とてもブログを書ける状況ではありませんでした。(言い訳ですみません)
今後は週1回を目標に書きたいと考えています。
今後もご愛読をお願いします。
先週のこと。
週3日も美術館を梯子しました。
火曜日午後。東京芸大美術館で興福寺「仏頭展」、都美術館で「汎美協会展」
都現代美術館で「吉岡仁徳展」
吉岡仁徳は何万本ものストローを使った作品やプリズムを利用した光の作品、
塩などの結晶を作品を発表している作家。
欧米系の観客が目立って多かった。
金曜日の夜に国立博物館。「洛中洛外図展」
岩佐又兵衛の洛中洛外図が国宝で上杉本と呼ばれている
洛中洛外図よりもずっと迫力があり、驚きだった。
東洋館の「上海美術館展」も宋代から清代までの名品が見られた。
中国の一流作品には、いつも圧倒される。
そして青山Pinpoint Galleryで見た、「たむらしげる個展」
たむらさん本人からのハガキで出かけた。
紀伊国屋の斜め前の地下にあるギャラリー。今回でたぶん2度目だ。
今回のメイン作品は、ノート大の大きさで深さ10cm程度の
箱に立体構成されたジオラマボックス。
たむらさんのお馴染みのキャラクター「ロボットのランスロット」
「フープ博士」「黒猫」などが、薄い金属板に彩色され、
木に見立てた鳥の羽や様々な素材と重層的な世界を作っていた。
会場の机でゆっくりとサインしている紳士がいた。
「たむらさんだ・・・」縁があって年賀状もいただいたりしているが、
本人にお会いするのは初めてだった。
興奮と緊張が治まらない。
たむらさんの新しい絵本「ねじまきバス」を購入して、サインをお願いした。
濃緑の下地に合わせて、銀色のペンで丁寧にイラストとサイン。嬉しかった。
たむらさんの額入り版画作品も購入した。
大好きなランスロットの絵。安かったことにも感激と感謝。
たむらさんがファンを大切にされて、丁寧にサインされてたこと。
小品や絵葉書やミニブックなど購入し易いものも揃えておられたこと。
そして何よりも新しいジオラマの世界を、作者が楽しんでいると感じられたこと。
収穫の多い、鑑賞だった。
ぼくが絵本やアニメ、版画をやっているのも
たむらさんの影響大だと、改めて再認識させられた。おいらも頑張ろう。
*たむらさんのホームページは「たむらしげる スタジオ通信」です
是非ご覧になってください。You Tubeでも動画像など見られます。
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