2015年10月12日月曜日

バンド名はプロントくん?!

2016年1月30日(土)
国分寺のライブハウス「ラバーソウル」で
単独ライブを予定している。

バンドメンバーが決まり、
選曲、構成とバンド名を決める重要なバンド会議が、
メンバーの大森邸で行われた。

大森氏手作りのピザを頬張り、
ビールやワインに舌鼓を打ちながらも、
バンド会議は粛々と進められた。

責任者であるよしいは、
会議のための資料も作り、配布した。
「バンド名なんですが・・・。
一応、資料にあるような候補を考えてみました」

「個人的には、スナフキンズ、星くず憂歌団、愛なき世界
The Dreamers あたりが良いかなと思うのですが・・。」
よしいは50近いバンド名候補を考えていた。
「うーーーん。」大森氏
「プロントくんとかがいいなあ」
バンド名リストを完全に無視して大森さんが言う。

「えーーっ」意外な一言でよしいはうろたえる。
「みなさん、どうですか?」
みなプロントくんで賛成だと言い、
そうしてバンド名が決定した。

まさかプロントくんになるとは思っていなかったが、
バンド名が決まって一安心。ラバーソウルにも伝えなければ。
練習もしなければ。初めて演奏する曲も何曲かある。
バンドで力を合わせて、良いライブにしたいな。

2015年10月4日日曜日

酔うてこほろぎと寝てゐたよ  -秋を想う-

酔うてこほろぎと寝てゐたよ     山頭火

木の葉ふる空が秋になりきった   山頭火

なんぼう考えてもおんなじことの
落ち葉ふみあるく           山頭火

うつろの心に目が二つあいてゐる  放哉

秋きぬと目にはさやかに見えねども
風の音にぞ驚かれぬる      藤原敏行

白玉の歯にしみとほる秋の夜の
酒はしづかに飲むべかりけり    牧水

往くわれととどまる汝に秋ふたつ  子規

かたはらの秋草の花かたるらく
ほろびしものはなつかしきかな   牧水

誰かさんが誰かさんが誰かさんが見つけた
小さい秋小さい秋小さい秋見つけた(略)
                 サトウハチロー

ひとりで想う秋はもう深く
過ぎ去れば空しく消えた日々(略) 
            工藤忠行*ふきのとう唄

女ごころと秋の空

うらを見せおもてを見せてちるもみじ  良寛

秋になりましたね。
 

2015年9月22日火曜日

闘いはこれからだ  -はだかの王様-

従軍記者の経験もある、
元朝日新聞記者のむのたけじさん。

インタビューにこう答えていた。
「次の選挙で、与党が負ければ、
安保法案を廃案にできる。
私はそのための闘いを始めている。」
現在100歳。
今回の強行採決をめげていない。

今回のことで見えてきたこと。
安保法案の改悪は、米国の要請のみでなかったこと。
評論家の佐高信氏が言っていた。
軍需産業は独占企業で、
とても儲かるのだと。
つまり、経済界は軍需産業を振興するために、
今回の安全保障関連法案に賛成だったのだと。

後方支援で、武器弾薬を自衛隊が補給する。
その弾薬は、米国製でなく日本製なのだろうか。

大マスコミは大企業をスポンサーとしている。
何故彼らが、与党議員の
「マスコミを懲らしめる」発言に
もっと反発しなかったのか。
残念ながら権力者たちの翼賛化は、
思った以上に進んでいるのだろうか。

報道ステーションでの報道。
ドイツ国軍へのインタビューと特集。
彼らはこう答えた。
「ドイツ軍が忠誠を誓うのは、将軍や、
政府に対してではない。
我々が忠誠を誓うのは、
国民に対してだけです」
これには、ナチスドイツの過ちへの、
ドイツ国民の強い反省の念がある。

国会議員も公務員も、
権力に忠誠を誓うのではない。
主権者の国民に対して忠誠をちかい、
直接責任を負うのだ。
大企業にも、社会的責任がある。

だから、国民に対して
「非国民」とか「デモはテロ」だなどと
発言する政治家はアウトなのだ。

権力者は強大だが、弱点も明確だ。
彼らは利権という欲望で繋がっている。
負けても、負けてもめげることなく、
「王様は裸だ」と言う勇気を持つこと。
そして、自らの中の敵を知ること。
ヘタレな俺だが、
ヘタレにはヘタレなりの闘いがある。

2015年9月14日月曜日

芸術と剽窃

芸術家は泥棒である。

そんな一節を本の中に見つけた。
芸術家は自分に先行した時代の
様々なスタイル、技術、思想的感覚的背景を、
まずは真似ることによって学ぶ。
それを盗む行為に例えているのだ。

20世紀を代表する芸術家の一人、
パブロ・ピカソがその典型だった。
少年時代はラファエロのように描き、
やがてゴッホ、ロートレックの影響を受ける。
さらにセザンヌ、アフリカの極端に抽象化された仮面、
彫刻に多大なる影響を受け、
キュビスム(立体派)を生んだ。
彼のその後のカメレオンのような七変化も、
彼が学んだ芸術の多大さ、多様さに負っている。

近代日本の天才芸術家、北大路魯山人は
講演などで過去に学ぶことの大切さを、
繰り返し説いている。
そして良寛の書や、明時代の染付から学び、
自らの書画、作陶の世界を大きく前進させた。

それでは、創作と盗作の違いはあるのか?
ピカソの場合も魯山人の場合も、
手本とした対象が分かりながらも、
それぞれがピカソの作品、
魯山人の作品になりえている。

剽窃や模倣は芸術の肥やしとなるが、
単なる盗用となる場合もあるのである。
いったいどっちなんだ?
それは個々に分析し判断する他ないのである。

2015年8月31日月曜日

Imagine   清志郎の夢

8月30日(日)午後2時過ぎ。

国会周辺は、安保関連法案に反対する
群衆で埋め尽くされた。
明治公園で行われた、
反原発の集会を思い出したが、
それを遥かに超える人々が集結していた。

他国の脅威をいくら喧伝したところで、
恐ろしいのは獅子身中の蟲だと、
この前の大戦が証明済みなのだ。
「捕虜になるより、自決せよ」
偉い人の多くは、決して自決などしなかった。

戦争をやりたがる人は、
決して戦争には行かない。
ただ、自国民を責めるのだ。
集団的自衛権、安保関連法案より、
マスコミを権力で攻撃したり、
自国民を「非国民」などと言う政治家を
罰する法律を作って欲しい。
いや、そんな法律などなくても、
罷免に追い込む民衆と世論の力が
この国には必要だと思う。

我々、中高年はこんな日本になった
我々のふがいなさを恥じる。
でも、若者が多くの女性が声を上げたこと。
これが希望の光だ。

「ぼくの夢は世界中から戦争がなくなることです」
清志郎はそう語っていたらしい。
しかし私の敵は、私の外に居るだけでなく、
私の中にも居るのだ。



2015年7月20日月曜日

祭のあと


3年ぶりになるライブを終えた。
待夢という喫茶店の空間は、特別だった。
当日になって、ビビりだした弱気なオレ。

アコスティックギターをアンプに繋がず、
マイクも使わないライブは、危険だった。
音量も音質も全て生だからだ。
愛想だけで、実力のない自分が
なんてバカな挑戦をしたんだと、後悔した。

問題は「心の旅」だ。
チューリップの大ヒット曲で、レコードを持っていた。
今、聴いてもアマチュアっぽさが感じられる。
でも演奏してみると難しい。

「気合いだ」と大森さん。
「気合いです」と高安さん。「・・・・・・」オレ。
とにかくやるしかない。
開き直って、勢いだけはつけようと、
缶ビールと缶ウイスキーを飲んだ。
本当にチキンなオレ。

でもバンド仲間と観客の皆さんとお酒の力を借りて、
何とか最後まで、やり切ることが出来た。
スタジオ練習よりも良い演奏だったと思う。

真夏の果実、ホテルカルフォルニアは
やっていて楽しかった。
ビートルズのA Hard Days Nightで
急きょリードギターをお願いした、
工藤さんにも助けられた。

お客さんからは、たくさんパワーを戴いた。
ライブの申し出を受けてくれたマスターに感謝。
また待夢でのライブがやりたくなった。
あんなにビビっていたのに。

その前に国分寺ライブが成立するか、
この夏のだるまさんでのミーティングにかかっている。
それにしてもだるまさんの白モツは旨い。
皆さんありがとうございました。