それは奇妙な光景だった。
昨日の夜、西武拝島線小川駅で降りた。
階段を降りると様子がおかしい。
階段下の郵貯銀行のATMが暗い。
右手のセブンイレブンが真っ暗だ。
計画停電に気付いた。
振り向くと駅のホームだけが煌々としている。
ダメもとで行き付けの「百薬の長」へ向かった。
あの地震の日も開店していたモツ焼き屋である。
可能性は0では無かった。
真っ暗な通りを歩き、店に近づく。
店の前に2台の自転車を発見。
店の窓から幽かな灯りが見えている。
少しは客がいるのだろう、そう思って入った。
ドアを開けて入った瞬間、ペンライトのような光を感じた。
そして「よしいさああん」「おいっ!ジョン・レノン」
「こっちが空いてるよ」等の声がけたたましく上がった。
こちらは目が慣れずに何も見えない。
けれど店内がほぼ満席なのは分かった。
なんと言うことだろう。
狭い店内を何人かの男達が起立してくれた。
そうしないと空いた奥の席に入ることが出来ない。
座ってしばし辺りを見回す。
ぼんやりと見える客席のほとんどは馴染みの常連だ。
入口脇の焼き場ではマスターが黙々とモツを焼いていた。
両脇に置かれた大きなハンドライトが、
もうもうと立ちのぼる煙を映し出していた。
さっきの喧噪がウソのように、満席の客は静かになった。
闇の力だろう。
目の前には前の客が呑み食べたグラスや食器が並ぶ。
その乱雑とした感じと暗い店内と仕事に励むマスターの後ろ姿。
それらを眺めて感慨に浸った。
マスター独りで錐もみするので、暫くはお酒も来なかった。
マスターが動くと、ペンライトを持った数名の常連が照らす。
「手元を照らしてあげて」「足下も照らした方がいい」声が飛ぶ。
うーーーん。いい光景だ。
マスターは岩手県宮古市出身。
あまり語らないが、相当に心を痛めていると思う。
中越地震の時は1万円を寄付したと後から聞いた。
お酒がきて、肴を頼もうと思うが、店内唯一のメニューが見えない。
「佐々木さん、お願い」そう言うと佐々木さんがメニューを照らす。
「ハツとヒモお願いします」「あと煮込み半丁」「はあい」。
闇の中で呑む酒、ハツや煮込みの味は何とも言えなかった。
入店から30分後、店内の蛍光灯が一つ灯る。
続いてもう一つ。いつもの店内に戻った。
客席から拍手が湧き起こった。
とても不思議な良い光景。
この店の常連で良かったと
この日ほど思ったことは無かった。
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