2011年1月15日土曜日

雪の断面

 母方の祖母風間サイが亡くなった。
 101歳だった。
 あと一ヶ月すれば102歳の誕生日だった。

 正月に帰省した時に祖母を見舞った。
 起きている時は母の声に頷いたり、
 言葉にならない声を囁くように発していた。

 血や体液が上手く循環しなくなり、
 両足が浮腫んでいた。
 必死に呼吸している祖母を見ながら
 もう頑張らなくて良いよと心の中で呟いた。

 だから訃報が母から届いた時に、
 悲しいよりもホッとした。

 喪主の挨拶で叔父がこう言っていた。
 「私は母が人の悪口を言っているのを聞いたことがない」と。
 
 97歳で庭で転倒し、入院するまで
 冬は積雪が4mを超える北魚沼守門村で独り暮らした。
 5人の子どもが代わるがわる訪ね、
 向かいに弟家族が住んでいて助けられていたとはいえ、
 なまじの体力、精神力ではないなと
 我が祖母ながら感心していた。
 偉大な人だったなと思っている。

 自己抑制のとても強い人だった。
 感情を露わにするのを見たことがない。
 日常を淡々と噛みしめるように生活していた。
 
 60歳を過ぎて短歌を始め、
 郷里の歌人宮柊二が主催する「コスモスの会」で作歌に励んでいた。
 86歳で歌集を纏める決意をして
 「雪の断面」を編纂・発行した。

 面立ちは晩年次第に「良寛和尚」に似ていった。
 国宝「百済観音」のあの面立ちと共通している。
 百済人の末裔ではないかと想像している。
 
 「雪割れば土より立ちて湯気白し卯月半ばを春の陽ざしに」
 風間サイ -「雪の断面」老ひとりの死より-

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