2010年8月26日木曜日

給水室

 夜の街を歩いていた。
 見覚えのある裏通りに人影は無かった。

 どうして此処を歩いているのか
 思い出せなかった。
 馴染みの居酒屋へ行く途中だろうか。

 突然、自分が住んでいる集合住宅の火事を思い出した。
 躊躇している暇はない。
 すぐに119番通報をしなければならない。
 
 しかしその住宅の何処が火事なのか確信が持てない。
 記憶を辿りながら、家路を急いだ。
 遠くで消防車のサイレンの音が聞こえる。
 自分の集合住宅へ向かっているのだろう。

 四軒続きの長屋のような集合住宅。
 向かって一番右端に給水室があった。
 不思議なことだが、
 一番火の気のない給水室が出火場所だと確信した。
  
 慌てて走りながら家を目指す。
 手遅れにならなければいいが。
 燃えるものが無い給水室だったのは
 不幸中の幸いだったと思う。
 でも何故あそこから出火したのか?
 どう考えても訳が解らなかった。
 
 角を曲がり細い道を真っ直ぐに進む。
 あと30m程で家に着く。
 しかし、様子がおかしい。
 消防車どころか、救急車も何もいない。
 住宅の周りはとても静かなのだ。

 住宅に着いて右端の給水室へ向かう。
 その前で愕然とした。

 住宅の右端に給水室は無かった。
 そんなものは
 初めから存在して居なかったのである。

 (夢物語シリーズ・第2話)

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