春の気候は三寒四温と言うが、それにしても激しい。
一昨日は真冬の寒さだったのに、今日は初夏の趣だ。
以前は、大寒とか立春くらしか知らなかった。
今は雨水や啓蟄などの言葉を知っている。
今年は明日、3月6日土曜日が啓蟄だ。
務め先のある新宿で、いつも下車している西武新宿駅、
明治通りに面したビルが、解体工事をしている。
間口は10mに満たない。
両側に立つ雑居ビルとの距離は、わずか数十センチ。
ドリルやショベルカーなどで、一日一日解体は進む。
当然シートや幌で覆われているが、
通りすがりに隙間から中を覗く。
ビルの柱のコンクリートはギザギザに切断され、
そこからは太い鉄骨が何本も突き出している。
中は凄まじい力で破壊が繰り返された跡が窺える。
ビルの前には複数の警備員が通行人を誘導し、
作業員の4トントラックが、ビルの残骸を運び出す。
しばらくして、
地上の部分はあらかた解体が終了し、シートは外された。
隣のビルの、空調のダクトやパイプが見える。
もちろん、傷一つ見当たらない。
プロの仕事だ。
「伸ばすにはまず縮めなければならない」とは老荘の言葉。
「作るにはまず壊さなければならない」そんな言葉が浮かぶ。
K氏から送られてきた、たぶんイタリア人作家の短編、
「円盤が舞い下りた」。
教会の上に円盤が舞い下りる。
宇宙人が十字架を指さして牧師に尋ねる。
これは何か?何の役に立つのか?と。
牧師は応える。
「これは我々の原罪を背負って十字架で亡くなった、
神の子イエスの象徴だ」と。
宇宙人は再び聞く。
「地球人は原罪を犯したのか?」「あなたたちは?」
「善と悪の木の実を食べたりしない。それは法律だから」と
宇宙人は答える。
僕は吹き出してしまった。
キリスト教徒ではないが、罪を知らない宇宙人よりも、
善と悪の狭間を生きる人間が愛おしいと言う牧師に共感した。
画家としても、一人の人間としても、
僕は逡巡と行動と後悔との間を行ったり来たりしている。
何かを壊しても、何も創り出せないかも知れない。
それでも壊すこと創ること間を、
日々行ったり来たりしている。
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