2011年4月23日土曜日

王様の涙

 一人の王がいた。
 
 王は齢(よわい)、五十を越えていたが、
 身体はいまだ頑強で、日に10里を歩くことが出来た。
 
 王の后はすでに去り、
 宮殿の寝室は一人の身には広すぎた。
 寝室だけではなく、宮殿のどの間も
 「広すぎる」と感じていた

 王は庭いじりを好んだ。
 友人のコーリディ公爵がお茶に寄る時は、
 王は自ら庭に立ち、宮殿のあちこちを飾る
 薔薇の花の摘んだ。

 王は料理も好んだ。
 ほとんど毎日、自らの朝食を拵えた。
 肉や魚も好んだが、年とともに野菜を多く採った。

 ライ麦入りのパンにチュダーチーズ。
 サラダ菜、人参、ブロッコリーに生ハムのサラダ。
 パセリを散らしたオイルサーディン、
 オニオンスープが王のお気に入りだった。

 職務のない朝は、
 一杯か二杯の赤ワインを呑むこともあった。
 ボルドーやブルゴーニュの稀少なワインも呑んだが、
 タンニンの強い、重い渋めのワインなら、
 なんでも美味しいと思っていた。

 王にはスーザンという妹が一人、
 スコットランド王国のエジンバラにいた。
 二人は長い間会ってはいなかったが、
 互いを思い、時折手紙を書いた。

 月よりの使者が王のもとに訪れた。
 使者は月の王が、来月の満月の夜に
 彼の地より訪れると告げた。
 
 突然の訪問は礼に反するものだった。
 王は冷淡で傲慢な処のある月の王を好まなかった。
 けれど、彼自身は月の王に礼を尽くした。
 それは弱小国の王のへつらいなどではなく、
 王道を歩む彼の矜持であったのだ。

 ある夜のこと。
 広いバルコニーの椅子に座り、
 月明かりに照らされた一面のすみれの花を眺め、
 人知れず、王は涙した。  

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