2010年7月30日金曜日

指の中の天使

 左手の親指がポキッと折れて床に落ちた。
 母親が誤って折ってしまったのだ。
 小学校へ上がる前の冬のことだ。

 痛みは全くなかったが、恐ろしくて泣き叫んだ。
 母と父は北米大陸の先住民族のような格好で
 落ちた親指の周りをぐるぐると踊り祈っていた。
 死んだ筈の祖母は心配そうな面持ちで
 親指を眺めているだけだった。

 早くつけないと元には戻らない。
 そう分かっていても幼い僕にはなすすべもない。
 ただ「左手だったのは少しだけ幸運だった」と
 泣き叫びながら考えていた。

 指先の欠けた親指を見ると、中は空洞だった
 何故か骨も肉もなく、空洞だった。
 中が空洞だという事実もまた恐ろしかった。

 しばらくすると、落ちた親指の欠片から
 小さな小さな天使が出てきた。
 一人、二人、三人・・・・。全部で7人だった。

 1番目の天使が驚く僕にこう言った。
 「願い事を叶えてあげる」。
 「指を元に戻して」。
 やっとのことでそう言った。

 6人の天使が指を運び、(彼らは羽で空を舞った)
 1番目の天使がお呪いを唱えた。
 僕の指は元通りになった。

 ほっとして見渡すと辺りには天使の姿は無かった。
 父も母も亡くなった祖母の姿も、もはや無かった。 

 (夢物語シリーズ・第一話)

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