一昨日見た、NHK歴史番組「ヒストリア」。
「へうげもの」と言うタイトルで、
茶人古田織部を特集していた。
「へうげもの」は「ひょうげもの」と読み、
「ひょうきん者」を意味するらしい。
しかし今日の「ひょうきん者」とはいささか違うようだ。
茶の湯には疎い僕であるが、茶の湯の世界が、
世界中の何処の国と比べても、
独自な日本の美意識を創り上げたように思う。
焼き物の形は、世界中のほとんどで左右対称、
あるいは均整のとれた形を基本としている。
中国北宋時代の青磁など、正に完璧な形、
バランス、色、地肌を追求している。
中国、朝鮮半島を師に持ちながら、
日本は不完全なもの、非対称なもの、
あるいは滅びゆくものを愛おしむ感性を育んだ。
その中心的な役割を果たしたのが茶の湯ではなかったか。
利休が依頼し、それに応えた楽焼き茶碗は
柔らかくやや脆い印象の造形が、はかなさを現している。
それこそが「侘び寂び」と言うことなのだろう。
それに対して、織部焼きの美学は正に破天荒な感じだ。
他国に見られない、多様な器の形はこの時期に生まれたのだ。
それらは、日本の戦国武将の強烈な美意識を体現している。
日本文化は西欧と比べても、よほど柔軟で多様なのではないか。
少なくても安土桃山時代までの西洋との文明、文化の差は
さほど無かったと、西洋史の松田智雄氏は著書に書いている。
それは当時の西欧少年使節団の記録にも残こされていると言う。
「へうげもの」を貫き、権力者家康に異を唱えた織部は、
最後に切腹させられ、家は断絶させられた。
それでも織部は死を前にして、
「特別何も言うべき事はない」と記している。
とても敵うものではないが、
その潔さに学びたい。
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