2009年12月20日日曜日

冬の花火

 明日今年の仕事を終える。
 明後日は新潟県小千谷市片貝町に居る。

 除夜の鐘を聞くことの出来ない地域がある。
 片貝町のほとんどがそうだ。
 代わりに108発の花火が打ち上げられる。
 「冬の花火」だ。

 太宰治の小説に同題のものがあった。
 どんな内容だったか、とんと思い出せない。

 大晦日。
 紅白歌合戦が終わって、「行く年来る年」始まる頃、
 片貝町では花火が上がる。
 
 昔では考えられないが、鎮守様である浅原神社が人だかり。
 容易に参内できない。神社の背後に花火が打ち上がる。
 「ドオーーーーン。ドオーーーーン」と。
 
 今日はクリスマスだ。
 声高に喧伝するでもなく、冬至から初春を迎える日を祝おう。
 冬は、死と再生の季節かも知れない。

 随分昔のこと。年の暮れにスペインに居た。
 街を飾るイルミネーションは、決してチカチカなどせずに、
 歴史の落ち着きをかい間見せてくれた。
 人々は、ワインを片手に爆竹を鳴らす。
 12時の音が聞こえると、誰にキスをしても無礼講だった。

 彼の地でも、本来は新春を祝う意味があったのではないか。
 雪に閉ざされたイングランドで、
 シェイクスピアは何を思ったのだろうか。
 デンマークの冬の海を、
 アンデルセンはどんな思いで見つめたのだろう。

 高校時代のジョン・レノンは、リバプールの冬の海を見て、
 遠い世界に夢を馳せたのだろうか。

 「幾たびも雪の深さを尋ねけり」子規

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