2009年10月12日月曜日

晩年

 「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」

 子規の「病床六尺を読み終えた。
 私的な日記かと思ったら、初めから新聞「日本」に掲載する目的で書かれたとのこと。
 結核のため、下半身が不自由で動くことがままならず、病床から離れられなかった、
 子規のまさに晩年の手記である。
 子規は35歳の誕生日の直前に亡くなった。彼の30代は病床の中にあった。
 苦痛に身悶え、時折愚痴を吐きながら、彼の文章に迷いが感じられない。
 「今度の春を迎えられだろうか。」そう思いながら、子規は句を歌を、絵画を、芸能、風俗を
 食べ物を、そして文明を語るのだ。平明でありながら、言葉に強さがありイメージの輪郭が
 とても明確に感じる。彼には死を前にした覚悟があり、残りの人生で何かを成し遂げようという、
 強烈な自我と自信があった。
 それが冒頭の有名な句を生み出したのだろう。

 人は何時から晩年を意識し生きるのだろうか。
 太宰の初めて出版された小説集のタイトルが「晩年」だった。
 友人のI氏から個展前に頂いたCDがブラームスの「晩年」だった。
 彼らは若くして自分の晩年を意識したのであろうか。
 人生50年と言われた頃は、それを意識し易かったのだろうか。
 
 40歳で亡くなったジョン・レノンは、ビートルズが解散してからが晩年だったのか。
 まさか。でも「亡くなる前に創られた、アルバム「ダブルファンタジー」の頃の
 ジョンを写真やインタビューで見ると晩年の老成した人のように感じられる。
 たぶん、思いこみだろうけど・・。

 時々、この人生でやりたいことはみんなやった、そんな傲慢な思いに囚われることがある。
 もちろん、やりたいことはあるし、行って見たいところ、経験したいこと、食べたいもの
 もある。けれど、若いときのようにそれらを渇望するような、激しさがなくなった

 版画家作田富幸くんの個展に出掛けた。3月に僕が個展をやった松明堂ギャラリーだ。
 作田くんの個展には、何度か出掛けている。近年、文化庁の給付でオランダに行ってから
 作品が良くなったなと思った。その前の作品にも立派なものが勿論あったが。
 今回の展観は、非常に緻密でシュールな銅版画作品に加えて、ボックスアートの作品や、
 版画作品の奇妙な人物群を拡大して、立体的にインスタレーションてされた作品など面白かった。

 矛盾するようだが、自分の残り時間を意識し始めて、逆にあまり無駄なことをしたくないなとも
 思うようになった。本当にやりたいことをやりたいし、良いものを見たり、聞いたり、読んだり
 したいと思うようになった。バラエティ番組も面白いのは見ているけれど。

 「かたみとて何か残さむ春は花山ほととぎす秋はもみじば」良寛
 
 

0 件のコメント:

コメントを投稿