2009年10月20日火曜日

どうにかなるさ

 かまやつひろしの「どうにかなるさ」。
 好きな曲だ。中一の時初めて買ったレコードかも知れない。
 
 よく考えてみると、日本の歌には男が去っていく歌が結構ある。
 「どうにかなるさ」チューリップ「心の旅」岡林「流れ者」
 マチャアキ「さらば恋人」ジュリー「サムライ」。
 みな男が勝手に去っていくストーリーだ。

 ビートルズや他の洋楽ではあまり見られない気がする。
 たいていは「なぜ僕を捨てたの?」とか「行かないでくれ」だ。
 せいぜい「いい加減にしないと、オレは行っちゃうぜ」くらいだ。

 日本の男が西洋の男より強いからか。違うな。
 逆じゃないか。歌にはその国や地域の文化の欲望が現れる。
 欲望は普通実現できない願望が現れる。
 勿論、女を振る男もいるし、その逆もある。
 けれど、女を振り切ってさすらいの旅に出たことのある男を
 僕は知らない。聞いたこともない。
 でも僕はこれらの歌がみな好きだ。
 やはり憧れが込められているからだろうか。

 1980年代に書かれた村上龍、坂本龍一と毎回違うゲストに
 よる鼎談がまとめられた本「EV.Cafe」に日本の歌謡曲の歌詞
 の酷さが書かれていた。
 知り合いの日本史の先生が酔うとよく古い歌謡曲を歌ってた。
 彼がこう言ってた。「昔の歌は三人称で書かれていたんだよ」。
 成る程、確かにそうだ。プロの作詞家が書いた歌には情景が見える。
 昔、懐メロ番組を見て気に入ると、紙に歌詞を写したものだった。
 東海林太郎の「国境の町」とか春日八郎の「別れの一本杉」とか。
 小学生の頃だったと思う。
 
 ぼくはフォークが好きだから、シンガーソングライターの歌も好きだ。
 ユーミンも中島みゆきも初期の作品は大好きだ。
 体で感じた感覚、愛おしさや切なさが言葉になっているからだ。

 昭和レトロブームの中で、もう一度昭和の歌謡曲の詩の世界が見直されて、
 風景が、人やものの細部が、光や風や手触りが感じられる
 そんな歌が生まれるといいなと思う。

 「かたはらの秋草の花かたるらく滅びしものはなつかしきかな」牧水
 
 
 
 

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